瑞雲寺だより(第5号)

 12月11日(木)、来年(4月22日)天外文秀大和尚の33回忌法要の導師拝請の為、瑞雲寺の本寺である新潟県村上の耕雲寺に向けて午前9時ごろ出発しました。

午前9時ごろ、自家用車にて新潟県村上の耕雲寺へ出発。お天気はご覧の通りあまりよろしくありません。
しかし、七ヶ宿へ入り、だんだんと晴れ間が見えて、丸森ではまだ見ていない今年初めての雪の景色を見ることができました。
十数年ぶりに七ヶ宿を訪れました。(中学生の時のスキー教室以来)
同じ県内ですのに丸森とは雪の降りが違います。
橋の欄干から見える飯豊(いいで)連峰。すごくきれいな風景でした。(画像が悪くてすみません)
午後1時過ぎ、霊樹山耕雲寺へ到着距離にして約188キロ(国道113号線を通りました)
耕雲寺の境内です。鬱蒼と杉の木が茂っております。
耕雲寺の山門です。元禄15年(1702年)鐘楼として建造されましたが、明治末年移転改造し現在山門として用い往時を偲ぶ唯一のものです。
斜めから見た所です。
耕雲寺の本堂です。明治19年、43世児玉玄海大和尚の時、旧衆寮(雲水が勉学するところ)から出火し山門から本堂を廻らす廻廊が瞬く間に鐘楼を残して全焼したといわれています。今は僅かに鐘楼を移して山門に改造し往時を偲ぶよすがとなりましたが、その後49世祥雲晩成大和尚が、耕雲寺再興の念にもえて全身を打ち込み、昭和19年起工、ついに昭和23年11月落成式を行うに至りました。
雪に備え、雪囲いがされておりました。かなりの雪が降るところと容易に想像されます。
本堂内部です。
開山堂です。耕雲寺の開創は今より約600有余年にさかのぼります。応永元年(1394年)傑堂能勝大和尚の創立になるものです。
開山堂の寄付単、来年33回忌の法要を営む瑞雲寺32世天外文秀大和尚の名前を確認することができます。
本堂に掲げてある前景絵図です。焼失を免れていたなら、この絵図のようになっていたことでしょう。

午後2時30分、耕雲寺をあとにし午前の国道113号線とは違うルートの山形自動車道を通って帰路につきました。自動車道に入る前、国道7号線より少し富士山に似た山が見えました。山の名前は鳥海山、いつの日か登ってみたい山です。自動車道に入ってからは日も暮れて月山などの霊峰をかすかにしか見えなかったのは残念でした。道路はアイスバーンにならずスピードを出すことができました。これで到着時間が短くなったと思ったのもつかの間、村田ジャンクションで降りるはずが仙台南まで行ってしまいました。料金所で道路標示の説明が不十分ですので改善してくださいと言ってユーターン、約20分無駄になってしまいました。瑞雲寺に到着したのが7時過ぎ、午前の国道113号線188キロ3時間半に対して、午後の山形自動車道280キロ4時間、結局どちらの道が良かったのでしょうか?

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