自転車東日本縦断の旅 前編
自転車東日本縦断の旅 前編

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自転車をかついで青森へ向けて出発。しかし重い。電車で仙台まで行き、仙台からは高速バスに乗り換えた。(高速バスに自転車をのせるのは基本的にはだめだそうだ。)雲谷高原ユースホステルには5時ごろ到着。夜は近くの温泉へ他の宿泊者と一緒に入りに行った。その後、アイルランドのビールを飲む。うまい!
4月某日(第一日目)
雲谷ユースホステルを7時半ごろ出発。9時40分青森港発、佐井港行きの観光船に乗り込む。青森港から下北半島の佐井港まで約2時間20分かかると言う、結構時間がかかるものである。それだけ下北半島は大きいということだ。
12時ごろ、佐井港に到着。フェリーターミナルにて昼食をとる。青森と違って佐井は風が強い。(午後の便は強風のため欠航になったそうだ。以前私は強風で痛い目にあっているが今回は何とかうまくいった。)
1時ごろ、佐井フェリーターミナルより脇野沢へ向けて出発。風が逆風で目的地へいけるか不安になる。そして後悔の念が強くなる。写真は国道338号線。
正面に見える岩山が縫道石山。面白い形をした山だ。山の中に入ると風がやんだがアップダウンがきつくなって来た。しかし天気は最高。
駐車場からだいぶ下って仏ヶ浦に到着。今まで船からしか眺めたことがなかったが、実際近くまで行ってみると岩がものすごく大きい。極楽浄土を思わせる景観だ。仏ヶ浦は恐山の奥の院だったそうだ。仏ヶ浦観光でだいぶ時間を費やしてしまった。とてもヤバイ・・・
(恐山は以前自転車で行ったことがあったので行かないことにした。)
仏ヶ浦を過ぎて夕方4時半ごろタイヤの調子がおかしい、触ってみたらパンクだ。初日からいきなりのトラブルだ。これには強いショックを受けた。なぜなら目的地までだいぶあるからだ。 
初夏と言えども青森はこんなに雪が積もっていた。この写真を撮影した時点でもう6時近くになっていた。車がほとんどない、携帯電話が通じるかどうかディスプレイを見たら圏外、日はどんどん沈む、さらに道は行けども行けども登り坂、しかも寒くなってきた。ここで一泊するにはかなり心細い。だんだんあせりがでてきた。とにかくいけるところまで行くことにした。そしてながーい下り坂、脇野沢ユースホステルに到着したのは7時。既にあたりは真っ暗だった。
んとか到着することができた。6時過ぎても坂が続いているときはもうだめかと思ったが諦めないでよかった。坂のくだりの途中で車が止まっており窓から声をかけられた。その人は脇野沢ユースのペアレントさんであった。到着予定の6時にこないので車で来たと言っていた。私のせいで迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。車に自転車を載せるかい?と言われたが丁重にお断りした。(本当は載せてもらいたかったが載せてしまったことで後悔するのは嫌だから・・・、これは自転車乗りの宿命だ。)脇野沢ユースに到着して夕食を食べた。おひつに入ったご飯は全部食べてしまった。夕食に出た「たらの芽」のてんぷらはとてもおいしかった。旬のものは体を健康にすると以前人から聞いたことがあったが、次の日あれだけ疲れた体が筋肉痛もあまりなく回復していたのは旬のものを食べたせいであろうか?

今日の走った距離72.83キロメートル
(第二日目)
朝食をとって九艘泊までサイクリング。時間があればゆっくりサイクリングしたかった。脇野沢港10時50分発蟹田港行きのフェリーに自転車を載せて乗船。約1時間の短い船旅を楽しんだ。その後、蟹田から十三湖の靄山(標高153メートル)を目指して出発。(竜飛崎は以前、自転車で行ったことがあるので省いた。)
これが十三湖北岸にある靄山(モヤやま)、地元では「死者の霊が住む神聖な山」と言う意味で「モガリの山」と呼ばれ、お山参詣の日以外は禁足の地とされてきた岩木山の代わりにお参りする"ミニ岩木山"として特別視されてきたという。登山は30分で往復することができた。その後十三湖を横目に見ながら金木町を目指す。
金木町に入りコンビニで夕食をとり、太宰治の生家「斜陽館」を見学。そして川倉賽の河原地蔵尊を参拝。時間が6時近くになって参拝は無理だと思っていたが、快く参拝させていただいた。
各村地蔵安置所。かなりの数のお地蔵様である。
川倉地蔵尊に関する伝説は古く、「数千年前(※パンフレットにはこう書いてあった)この地方の天空に不思議な御燈明が飛来したとき、その光に照らされた場所より発見されたものと言い伝えられてきました。」近くには古代石器時代の「妻の神遺跡」も発掘されており、川倉賽の河原の歴史の古さを物語っている。
川倉地蔵に近い雲祥寺は、太宰治が少年時代によく遊んだと言う古刹である。この地獄絵図は制作年代不詳。ただし、巻一の「九相図−新死」の衣服等により江戸時代初期の終わりか中期のはじめ頃と考えられる。なるほど太宰治が怖がったわけだ。6時過ぎのにもかかわらず快く参拝させていただいた。
日は晴れの予報なのに曇りであった。かえって曇りのほうが涼しくて走りやすい、しかし今の季節の青森だと休憩すると少しばかり寒い。夜は相当冷えるのだろう。キャンプをしようと思ったが寒いので金木温泉へ泊まることにした。(素泊まり3500円)

今日の走った距離86.66キロメートル
(第三日目)
大釈迦と言う意味ありげな地名のT字路を左に曲がり、お釈迦様の墓があるという梵珠山(469メートル)に登頂。そんな馬鹿なと思ったが好奇心が先走って登ってみることにした。この梵珠山はトンデモ系の本では、頂上には不思議な光る物体が飛んできたり、UFOの基地ではないか?」また「若き釈迦が、修行のために日本にやってきて、この梵珠山に住んだ」など本当かどうかわからないが、現在は県民の森としてたくさんハイキングする人が多い。
縄文の定説を覆す遺跡、三内丸山遺跡。かなり広い場所であるが、それでも全体からすれば八分の一に過ぎないと言う。全く驚きである。
三内丸山遺跡を見終わり入内の石神神社へ行く途中牛乳配達のおばさんに飲むヨーグルト2本いただく。とてもうまかった。おばさん、ありがとう!
青森市郊外の入内地区を過ぎて3.7キロの砂利道を歩いて石神神社に到着。観光客は誰もいなかった。途中の沢の雪解け水がとても冷たくからだの中が洗われるようだった。
石神神社御神体の石神さま。全く人の手を加えられていないと言う。左の目の辺りからは霊水が湧き出していたと言うが今は湧き出していない。目玉の部分は強力な磁力を発している。縄文時代までさかのぼる古代の磐境だった形跡があることから、この石神さまは「東日流外三郡誌」(これは偽書と言う人もいる)に記された古代津軽地方の最高神「イシカカムイ」とも土偶のモデルと言う説もある。どのような過程で石が形成されたのだろうか?とても興味深い。
目玉の水を飲んでみる。少しお酒の味がした?ような気がする。写真のひしゃくと石神さまの目玉の部分を比べるとこのご神体がいかに大きいかがわかる。
の後青森市内の運動場で野宿するも警備員に見つかる。事情を話したら許してもらえ、ふとしたことから話が弾んでしまい仕事を邪魔してしまった。

今日走った距離74キロメートル
(第四日目)
弘前城を見学した後、どんどん南下。午後5時頃秋田県大湯環状列石(ストーンサークル)を見学。特別史跡大湯環状列石は、野中堂、万座に所在する2つの環状列石を主体とする大規模な縄文時代後期(約4000年前)の遺跡である。小学生の頃の地図帳に載っており前から興味があったところなのでやっと念願がかなった。
午後5時半過ぎ黒又山(クロマンタ山)に登山。看板の説明によると「この山はピラミッド説が強く神秘に包まれた山である。人工的に積み上げた山ではないが、人の手で削り取り形を整えて、山霊を仰ぎ多くの人々の信仰を深め、祭儀を行った山とされている。」とある、ピラミッドかどうかは別として環状列石が近いことからやはり何かはあると思わせる山である。
をおりて急いで大森黒湯ユースホステルへ向かった。7時近くにユースホステルに到着。部屋には先客がいた。その日は私を含めて2人、こちらから挨拶をしても元気のない人だった。ずっと地図を見ていてとても地図が好きな人なんだと思う。その人の事情もあるのであまり話しかけなかった。

今日走った距離91.56キロメートル
(第五日目)
発荷峠。十和田湖の眺めは最高だったが、とても寒い。熱い玉こんにゃくを食べて体を温めた。午後から雨の降る予報なので急いで十和田湖目指して下る。それにしても下りの道は穴だらけでお尻が痛くなってしまった。
奥入瀬渓流、観光バスや車が多く自転車で走るには怖かったがとてもきれいな渓流であった。石ヶ戸あたりから雨が降ってきたので急いでおいらせユースホステルを目指した。
日は雨だそうだ。もし連泊することになったら、おいらせユースホステルで読書三昧しようと思う。

今日走った距離52.91キロメートル
(第六日目)
のためおいらせユースホステルに連泊、読書三昧はやめて十和田湖の子の口より焼山までの約14キロメートルのおいらせ渓流沿いを歩いた。道は雨のためとてもひどく、川は茶色く濁っており水かさが増して怖かった。足の指は風呂上りのようにふやけてしまい、少し靴づれをおこしていた。どうりで痛かったわけだ。今日は休息をするはずがかえって体を疲れさせる羽目になってしまった。
この日初めて自転車旅行者に出会った。この人は東北の山々を自転車で走って今日ここに到着したそうだ。今まで来た道をデジタルカメラで見せてもらった。とても素晴らしい風景で私も行きたくなってしまった。

今日歩いた距離14キロメートル以上
(第七日目)
日本のピラミッド?と目される十和利山(991メートル)に登山。雪がところどころにあり滑って少し怖い思いをした。ある本の説明によると「今から5万年前のこと天神七代の御世から上古二十五代に移り、不合王朝になった。上古二十五代を数える歴代王朝の第二十四代のニニギノスメラミコトが、天浮舟に乗って世界を巡行した後、十和田高原の迷ヶ平に降り立って都を開いたという。」もしこれが本当ならば日本列島はまだ旧石器時代に属していた頃である。まあそれはどうでも良いとして十和利山からの眺めは最高だった。
山を登り終え、「キリスト様が食べた」と言うキャッチフレーズのキリストもちを食べた。1個80円と安く3つも食べてしまった。
ここへくる途中バス停に「ピラミッド入り口」というのがあり、すぐピラミッドに行けると思ったらずっと坂だったので、もしここに来たいのであれば自転車ではないほうがよい。(坂が好きな人は別であるが・・・)
ここが大石神ピラミッド。新郷村の大石神ピラミッドの説明によると「ピラミッドは、エジプト、メキシコだけにあるとは限らない。したがって、茨城県磯原町にある武内家の文庫に秘蔵されている神代史によると、わが国にはエジプトのピラミッドよりなお古い数万年前のピラミッドが7基あるとされた。・・・・大石神ピラミッドは十和利山の二つを結ぶことで成り立ったものであるという。ここ大石神も神都として大いに栄えたところとされたが、長い年月の間に天地大異変により神都の面影はなく、無残な残骸となっている」なるほどそういわれてみればピラミッドに見えるような・・・
この日はゴールデンウィークのせいか結構人が多かった。外国の方もいた。
十来塚いわゆるキリストの墓。パンフレットには「ゴルゴダの丘で磔刑になったはずのキリストは実は密かに日本に渡り、この村に住み106歳の天寿を全うしていた」と言う。

本当かどうかは別として、青森はいろんな伝説がありとても面白い地域だ。
の後自転車のブレーキの調子が悪いので八戸市内の自転車屋でブレーキシューを交換してもらった。この時点で午後8時過ぎ。河原でキャンプしようとしたがとても寒かったので健康ランドの仮眠室で休養をとった。

今日走った距離105.17キロメートル
(第八日目)
八戸を出発。天気はすごく良い。サイクリング日和である。この写真は種差海岸の手前。
アップダウンを繰り返し、やっとのことで北山崎へ到着。東から吹く風が非常に冷たい。(バスガイドの説明では冷たい風は「やませ」と言っていた。)昼食を食べていなかったのでおにぎりを食べる。
三陸海岸特有のアップダウンを繰り返し田老の道の駅で野宿をしようと思ったが力尽きて手前の橋の下で野宿。草がものすごい。
この橋は後で知ったのであるが接待橋という橋の名前だそうだ。接待といえば四国を思い出す。四国ではお遍路さんの為の接待宿というものがある。四国八十八ヶ所を巡るお遍路さんにとって大変ありがたい宿である。今夜私も接待橋で接待を受けることにした。

今日走った距離141.34キロメートル
(第九日目)
朝早く起き朝食を作ってテントをたたむ、そして7時にとどが崎を目指して出発。宮古市内のコンビニで2回目の朝食をとり、この先コンビニがないので昼食を買い込む。宮古市内を過ぎとどが崎へ突入。早くも上りだ、とても暑い。海に近いところを走っているのに、山の中を走っているようだ。途中の沢の水で顔を洗うとても気持ちが良い。
せっかく上ったのに姉吉までどんどん下る。そして本州最東端のとどが崎の入り口。ここから4キロ、往復8キロは歩きである。一番最初の上りがきつい。後は楽だ。観光客は誰もいなかった。
やっと到着。石碑の前で昼食をとる。
灯台行く途中。岩の割れ目を覗いたら数十メートル下は海だった。波の岩にぶつかるすさまじい音を聞いて寒気がした。ここは足早に立ち去った。
灯台横の東屋の柱に以前お世話になった人(愛知のバイクの人)の名前が会ったので懐かしく思った。
日は釜石まで行こうと思ったが途中に大きな橋があり、テントを張るにはとても快適そうだったのでここで野宿することにした。近くにはほっかほっか亭があり宿代が浮いた分たらふく食べた。とてもうまかった。水道がないので今までためておいたお手拭で体を拭いた。草がマット代わりになりとても良い野宿場所である。

今日走った距離98.81キロメートル
(第十日目)
今日はそのまま海岸線をとおり唐桑まで行くか遠野を通って陸前高田へ行くか迷ったが、天気が良いことだし遠野を通って陸前高田へ行くことに決めた。釜石鉱山の廃墟であろうか?トタンの錆がとてもカラフルだ。
仙人峠の沢。汗だくになりこの沢を見つけたとき、自然と自転車を止めて沢の方へ降りて行った、そしてカップ10杯は飲んだ。とても冷たくおいしかった。それもそのはず、すぐ上ではミネラルウォーター「仙人秘水」を取水する建物があった。沢の水で顔を洗ってすっきりした。この水の醍醐味は車に乗っている人にはわからない。
伝承館横にある味のある石碑群。これぞ遠野という感じだ。(少し写真を加工した)
常堅寺のカッパ渕。
でんでら野。でんでらのー♪でんでらのー♪意味も知らずにふざけて歌っていていたら、でんでら野に着いた。「かつては60歳に成った老人をこの野に捨てたのだという。 捨てられた老人たちは共同生活をし、日中は里に下りて農作業の手伝いなどを行い、僅かな糧を得ていたと言う。」という説明を読んでとてもすまなく思った。
最初金精様ってなんだろうと思っていたが実物を見て納得。金精様♂、立派だなぁ!!
続き石。人が積み上げたものだろうか?それともしぜんにできたものであろうか?
野を1時ごろ出発しようと思ったが、石碑巡りや神社参拝のため4時近くになってしまった。陸前高田まで50キロ近くある。しかも宿に予約を入れてある。どうしよう。とにかく進むだけ進んでみる。今までの心配は全くの杞憂であった。後は陸前高田まで下りだったのである。遠野自体標高か高いところにあったため、助かった。ずっと下りだったのにもかかわらず、陸前高田ユースホステルに到着したのは7時ごろであった。もし平地かアップダウンの多いところであったならキャンセルしていたことだろう。
今日のユースホステルの宿泊者は私を含めて二人、私以外の人は同じく自転車で旅をしている人だ。この人は会社の休みを利用して2泊3日で旅行しているそうだ。ユースホステルに泊まるのが好きらしく、今まで行ったユースホステルのことで盛り上がった。そして今まで行ったことのあるユースホステルのスタンプ帳を見せてくれた。各ユースホステルのスタンプは個性的でてとても面白かった。


今日走った距離140.12キロメートル
(第十一日目)
神割崎。波の音がすごい。私はこういうのに恐ろしさを感じる。
御番所公園にて野宿。風が冷たい。近くには水道がありとてもよいところだ。風が冷たくてもテントの中に入ればとても暖かい、少しばかり重かったがこのテントでよかった。
中、下の道路でバイクの排気音をうるさくして走っている人がいた。いったい何をやっている人なのだろう。宮城県の先っちょまで来る暴走族がいるだろうか?謎である。

今日走った距離144.72キロメートル
(第十二日目)
神々しい金華山の朝日。ここに野宿して本当によかった。今回はだめだったがこんど来るときは船で金華山に渡ってみたい。
意味不明な看板。ほんとにナンダコリャ?いったいなにが言いたいのか理解不能。
松島で石巻でもらったかまぼこ3本食べる。白謙のおじさんありがとう!とてもおいしかったよ!
島を過ぎたら後はアップダウンはない。その後塩釜、多賀城、仙台を通って自宅を目指した。仙台市内は月に何回か行っているのでパス。県道10号線を行けば車が少ないだろうとタカをくくっていたがダンプが多くて閉口した。しかも道が狭い。仙台空港を過ぎたあたりから少なくなった。やれやれ、とても暑いのでコンビニでアイスを二つ食べる。名取、岩沼、亘理、そして阿武隈山地を越え角田にはいる。もうここまでくれば家に着いたも同然、後は阿武隈川沿いのサイクリングロードをゆっくりゆっくり走った。自宅に到着したのは5時ごろ。東北はけっこう長かった。そして走りがいのあるところであった。

今日走った距離145.33キロメートル
続きをお楽しみに!
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