自転車東日本縦断の旅 後編
自転車東日本縦断の旅 後編

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(第十三日目)
朝8時ごろ天候はとても怪しいが強行に自宅を出発。10分後晴れ間が見えて一安心。阿武隈川を横目に見ながら走った。この画像は磐梯吾妻スカイラインである、本当は土湯を通って猪苗代湖を目指すつもりであったが、急に福島の町並みを山から見下ろしてみたくなったので道を変更。写真写りはあまりよくないが見晴らしは最高だった。
磐梯吾妻スカイラインの最高所の浄土平。ここまでくるのに本当に疲れた。到着したのは午後3時過ぎ、おなかが減ったのでカレーうどんを食べる。吾妻小富士は以前登ったことがあったので省いた。
磐梯吾妻スカイラインの料金所をすぎると土湯峠がある、画像は土湯峠のドライブインの廃墟。ここを境に目的地猪苗代湖方面までずっと下りだ。自転車の面白いところは苦労した分だけ楽ができるという白黒ハッキリしているところが好きである。
今日は宿に泊まりたくて予約の電話をするが、相手が受話器を取るがすぐきってしまうので頭にきたのでスーパーで食糧を買い込み橋の下で野宿。正面に見えるのは会津磐梯山。ここは運動場で近くに水道、トイレがあり最高の場所である。
華山に引き続き野宿。野宿の良いところは大地を感じるところにあるのだが、お風呂に入れないのでとても気持ちが悪い。しかし、タオルで体を拭くだけでもかなり違う。

今日の走った距離115.80km
(第十四日目)
朝7時ごろ鬼怒川を目指し出発。猪苗代湖を見て、市内に入りまず白虎隊の墓を拝んだ。その後四次元建築と呼ばれているさざえ堂を見学。じつは小学生の修学旅行で来たことがあるのだがもう一度見たくなったので見学してみた。拝観料は400円。
さざえ堂は寛政8年(1796年)建立。高さ16.45メートル。このお堂はレオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチ帳からヒントを得たといわれている。この階段は二重螺旋構造をしており、二度と同じ階段を通らずに、入り口から頂上、頂上から出口と行くことができる。
鬼怒川へ行く途中にあったとてもきれいな湖。新緑の季節は素晴らしい。
緑のトンネルを走る。この日はとても暑く日差しが強かったのでサングラスをつけて走行。サングラスは余分な紫外線をカットしてくれるので緑がいっそう映えて見えあたかも万華鏡を見ているかのようにきれいだった。
鬼怒川へ到着。鬼怒川温泉公園の東屋で野宿。東屋近くの町営の温泉が休日でとっても残念!。とにかくお風呂に入りたいのでホテルの温泉で疲れを取った。この画像は鬼怒川にかかるつり橋。けっこう高い。
営の温泉が楽しみで野宿をしたのであるが、あいにく定休日。仕方がないのでホテルの温泉に入った。一ヶ所目のホテルでは断られ、二箇所目で温泉に入ることができた。

今日の走った距離131.53km
(第十五日目)
朝7時に出発。今日も天気がいい。この画像は日光の杉並木。環境が悪化しているためか年々杉の本数が減ってきているというとても残念なことである。この日は車が少なくてとても快適であった。
有名な日光東照宮。小・中・高の修学旅行生がとても多く身動きが取れないほどであった。本当はゆっくり参拝したかったのであるがこの後の予定もあることなので足早に参拝。
日光いろは坂を上り中禅寺湖を見学。標高1240メートルと標識に書いてあった。その標識のとなりで写真を撮影。そして、ジュースを飲む。とてもうまい。その後、華厳の滝を見学。修学旅行生(特に小学生)が多く心霊スポットらしいが小学生のわめき声で怖い雰囲気も台無しだ。華厳の滝の写真は霊が写ってことが多い。この写真にも霊が何体か写っている。霊が写っているからと心配しなくて良い!霊に見える正体は輪郭誘導現象である。輪郭誘導現象というのは「ここは恐い場所だ」と言われると、それが先入観となって視覚に特殊な現象を起こす。木目や石等自然な風景が人の顔に見えてしまうのである。さらに人間は3つの点があると人間の顔に見えてしまうようである。
桐生の祖父母の墓におまいりに行く時、自転車でものすごいスピードをだしてがんばっている小学生がいた。結局小学生を抜いたが猛烈に追いかけてくる。後でわかったのだが親戚の子であった。だいぶ大きくなったものだ。将来が頼もしい。午後6時ごろ桐生の祖父祖母の墓におまいり。そしてアイスクリームをいただく。うまかった。その後桐生市内の永平寺の同安居の正和君のお寺で一泊させてもらった。
しぶりに永平寺の同安居の正和君に再会。
 超多忙にもかかわらず一夜の宿を提供してくださり方丈様、正和君、ご家族の皆様本当にありがとうございました。(ここだけは敬語にします。)
 早速ラーメンを食べに行き、その後足利健康ランドに行き風呂で旅の疲れを取った。風呂をあがって久しぶりにいろいろな話をした。大学での思い出や修行での思い出、最近のことなど話は尽きなかった。話の中で桐生市内に名草の巨石群というのがありとても興味深いので行ってみたいと思ったが今回はいけないので残念。祥雲寺へ戻って久しぶりに布団で寝た。布団最高!!!


今日の走った距離132.63km
(第十六日目)
朝、方丈さんと正和君と3人で食事をいただいた。その後、祥雲寺の本堂の前で記念写真を撮ってもらう。となりは正和君。また会おう!
桐生が岡公園にある飛行機。この飛行機は私が小さかった頃とても乗りたかった飛行機である。正和君に黄色い飛行機はどこにあるのだろうと聞いたところ桐生が岡公園にあるという。公園に行くのに坂がとてもつらかったがこの飛行機を見て一気に小さい頃にタイムスリップした感じがした。あの時、パイロットが乗る場所に手が届かなかったのが今では余裕に手が届く。その時、時の流れるのは速いものだなぁと感じた。この公園には動物園もあり、ここのライオンに小便をかけられた思いでも蘇ってきた。この思い出はあまり蘇って欲しくなかった。
群馬県の名刹、雙林寺。「雙林の水を飲まざるは禅僧に非ず」とまで言われた雙林寺は、群馬県第一の格式を誇る曹洞宗の名刹で、15世紀のはじめ月江正文禅師によって開かれた。
雙林寺には七不思議が伝えられており、境内左手にある案内図を見ながら探索。
屋にテントを張り西の河原温泉に入浴しに行った。この温泉は露天風呂で今まで見た中で一番大きい露天風呂であった。100人は余裕で入れるのではないだろうか?入浴料は500円。温度も熱すぎずぬるすぎずでとてもよい温泉である。のどが渇いたのでコーラーを飲む。これまたうまい。東屋に戻ってすぐかなり強い雨が降り出した。今日は何もかもグットタイミングであった。夜中、トイレに行きたくなり50メートル先のトイレに入った。このトイレ電気のスイッチは全くなく私のヘッドランプを照らして入った。夜中のトイレというものは気持ちが悪く、早く出たいと思っていたとき「ジャーーーッ」とものすごい水の流れる音がし腰が抜けそうだった。(情けない)足早にトイレを出てヘッドランプを照らして歩いているとこれまた腰を抜かしそうになった。それは奇っ怪なお地蔵さんが立っていたからである。そういえば西の河原というのは賽の河原から取ったのではないか?こんな考えが頭をよぎった。やっぱり宿に泊まるべきであったと後悔したが後も祭りであった。あたりは霧がたちこめており気味が悪いので早めに寝ることにした。

今日の走った距離108.70km
(第十七日目)
このお地蔵さんにビックリさせられた。しかし何でこんな形になったのだろうか?由来が知りたい。
携帯のiモードを見ると天気はよい筈なのに草津だけ天気が悪い。それでも強行に出発。サングラスは黄色いものに付け替えた。視界が黄色になっただけで雨なのに晴れているような錯覚に陥った。これで気分的に楽になった。10メートル先は見えないくらい霧がたちこめておりとても怖かったので歩いて渋峠を目指した。この画像はあたりでは雨・霧も少なくなり調子も上がってきた。この場所は有毒ガスが発生するらしく記念写真をとっている場合ではなかった。
日本国道最高地点である渋峠(2172M)に到着。最高地点であるとは思わなかったのでバイクの人に記念写真を撮ってもらう。
渋峠を越え、長野県に入ったら、晴れ間が見えてきた。朝強行に出発してよかったとこのとき思った。昨日からずっと上ってきた分、今日のくだりは豪快だった。素晴らしい志賀高原を見ながら下り。20キロ以上は下ったのではないだろうか?観光客が来なくなったせいかホテルの廃墟が目立つ。
中野市内にあるアベコベ坂。手前の道路は下りのようにように見えるが実は上りである。乾電池でも試してみるがやはり手前に転がってくる、とても不思議である。この正体は錯覚である。つまり、周りの地形全体が傾いているために上りが下りに、下りが上りに見えてしまうのである。
日も草津に引き続き野宿。車の多い橋の下で寝ることにする。ここは今まで野宿した中で一番いやなところであった。その理由は、車がうるさい。ライトを照らす奴がいた。そして、橋の上から雨も降っていないのに水が大量に落ちてきたこと。(これはいったい何のために水を流すのであろうか?幸いテントはぬれなかったがこの音のために睡眠が妨げられた。)結局一番悪いのはここを選んだ私である。

今日の走った距離83.39km
(第十八日目)
朝7時松本を目指し出発。松代を走っているとき。青森に引き続きピラミッド入り口を発見。なぜ日本にピラミッドがあるのだろうか?とにかく行ってみよう!
これが問題の皆神山ピラミッド。どうみても普通の山にしか見えない。しかし皆神という山の名に何かあるとロマンを掻き立てられたのも事実である。
天の岩戸。古墳の石室のような印象を受ける。
ピラミッドの説明板。
すがに野宿続きなので松本のユースホステルに宿泊することにする。そしてコインランドリーで下着を洗濯した。

今日の走った距離91.38km
(第十九日目)
諏訪大社(春宮)の横にある。万治の石仏。顔がモアイに似ているのでイースター島と関係があるのではないかという説があるが顔が似ているだけでモアイとは関係はないと思う。それにしても不思議な雰囲気を持った石仏だ。正面にて合掌。
諏訪大社(春宮)
諏訪大社(秋宮)の注連縄。とても太い。どうやって作ったのだろうか?
日に引き続き宿に泊まることにする。今日の宿は石和温泉ユースホステル。客はおばあさんと私の二人だけ、しかも挨拶をしても返事がない。寂しい。

今日の走った距離118.19km
(第二十日目)
朝、食事をおいしくいただき8時過ぎ富士山の裾野の西湖を目指し出発。直接西湖方面に行けば近いのであるが、あえて山梨、塩山、大月、都留、を通っていった。そのわけはこの画像にある道祖神を参拝するためである。
丸石道祖神は甲府盆地に数多く見られるきわめてユニークな信仰物である。積み上げ方も変化に富んでおり自然のもの、人工のもの、形はさまざまである。
丸石道祖神を探すのはとても苦労する。なぜかというと案内板や標識がないからである。しかしここにもあそこにもと丸石道祖神を苦労して探しているうちに楽しくなってきたが、午後から天候が崩れるというので切り上げた。
日本三大奇橋である。大月市の猿橋。木の橋であるががっしりとした橋であった。橋脚を用いず両岸から桁を何枚も重ねて突き出すことによって橋を支えるという独特の工法である。
富士浅間神社。境内の霊峰富士の湧き水はとてもうまい。
河口湖を過ぎたあたりから雨が降ってきた。けっこう強い雨である。今回は雨の日を想定して自転車に泥除けを着けてきた。水がはねなくてとても快適に走ることができた。この画像は本日の宿であるドミトリー富士PICAである。見てのとおり体育館を改造したもので簡易ベット、給湯室、漫画部屋、ステレオ等がありとても充実している。最高によかったのは外にある風呂である。この風呂はいつでも入れるとのことでこれで一泊1050円はとても安い。
ミトリー富士PICAはあらかじめインターネットで調べておいた宿である。もし調べていなかったらのことを考えると情報収集はとても大切であると実感した。(行き当たりばったりの旅も楽しいのではあるが)

今日走った距離116.80km
(第二十一日目)
4時ごろ体育館屋根を雨が激しくたたく音で眼が覚めた。今日は雨が激しいので引き続き連泊することにした。連泊するにあたって。食料がないので富士PICAスタッフの沖山さんの車にのせられて富士宮で買い物をした。HARD OFFでいろいろなものを見。本屋でしばらく立ち読みをした。その後スーパーで食糧を買い。スーパー内にパソコンがあったので久しぶりにインターネットを楽しんだ。帰りはバスで河口湖西湖を見ながら富士PICAに戻ってきた。戻ってきて、体育館内にあるロッキングチェアーに座ってまんがを読んだ。ロッキングチェアーはゆらゆらと前後に揺れるのでとてもリラックスできるイスである。いつか買いたいものの一つである。

雨のため連泊
(第二十二日目)
朝7時、富士PICAを出発。とちゅう自転車を置いて樹海のなかに入る。雰囲気がなんとなく怖い。
逆さ富士は期待していなかったが見ることができた。
箱根峠をこえるにあたって、三島大社にて参拝。
箱根峠は上を見ないでずっと下を見ながら走った。やっと到着。おなかがすいたので頂上のコンビニでおやつを食べる。標高は846m。
目的地の箱根別院に到着。箱根別院は大雄山最乗寺の別院で強羅の上にある。お寺の中に温泉があるというめずらしいところである。
(※現在源泉は止めています。)
箱根別院からの眺め。とても素晴らしい。特に夏の大文字焼きは真正面に見ることができる最高のロケーションである。
日は標高1000メートルの西湖から海に近い三島まで降りてくるのが憂鬱であった。なぜかというと箱根峠が残っていたからだ。また1000メートル近くを上らなければならないと考えるとひどく憂鬱である。しかし箱根別院の温泉が待っていると考えたらやる気が出てきた。そして三島神社で参拝し、気合いを入れて走行。峠に到着してやっと一息ついたのだが、芦ノ湖を過ぎてまた上りだ。もう上りはないはずだと思っていたところにこういうことがあると体力がガクンと落ちる。1号線の最高所を過ぎ、強羅から早雲山までかなり急な坂道である。「ゴーーン」と箱根別院の鐘の音が聞こえてきた。もう近いはずだ。木村さんが鳴らしているのだろうと想像しながら見覚えのあるところに到着。早雲山駅である。もうここまできたらついたも同然だ。旅館の前の自動販売機でジュースを買って飲む。5時過ぎ箱根別院に到着。早速温泉に入らせていただく。この時自転車で来てよかったと感慨にふけった。夜は木村さんの料理をご馳走になりこれからの事などいろいろ話をして盛りあがった。

今日の走った距離106.80km
(第二十三日目)
箱根別院の木村さんに挨拶をし、小田原目指して急な下り坂を降りる。交通量が多いだけに気を使う。
親戚の小田原福泉寺に到着。ここで自転車を分解し輪行袋に詰め込み東京駅を目指した。

すぎ、東京へ到着。御茶ノ水で自転車を組み立て神田周辺を散策。野宿は危険なので浅草にある東京隅田川ユースホステルに宿泊。

今日の走った距離20.25km

(第二十四日目)
吉野家で朝定食を食べ、埼玉の大宮を目指して出発。出発前に浅草寺で参拝。
荒川の風景。
ここがゴールの大宮駅前の公園。自転車を分解して一路丸森へむかった。
玉県大宮をもって念願であった47都道府県を巡ることができた。バンザーイ!!!

今日の走った距離40km
自転車東日本縦断の軌跡
自転車東日本縦断地図

回の旅はもう既にお気づきの方もいると思うが不思議な場所を巡る旅であった。何故このような旅を計画したかというと小学生の頃図書館で見た不思議な本との出会いがきっかけである。私は自分の目で確かめないと納得できない性格であるため実際自転車で行ってみたのである。しかしその性格が災いしてか今回の自転車の旅は疲れることが多かった。が、やめたいとは思わなかった。なぜかというと自転車という風を感じる乗り物に乗って見る自然がとても素晴しく都市部の道路と違って飽きることはなかった。山から流れる清流、温泉、木々の色、日本には素晴らしいところがたくさんあることを改めて知った。東日本縦断といっても一部しか見ていない、もっともっと見てみたいが時間もない。もしやるなら2泊3日の電車を利用した輪行の旅になるだろう。今度旅に出るのはいつになるだろうか・・・

総日数24日、走行距離2218、92km、野宿8日、健康ランド1日、民宿1日、ユース8日、実家1日、知り合いの寺2日、ドミトリー2日。

行ってみたいところ:飛騨の合掌造り、乗鞍スカイライン、ビーナスライン、麦草峠、蔵王エコーライン、立石寺、出羽三山、鳥海山、田沢湖、八幡平、八甲田山、全国のユースホステル、寺社仏閣、不思議名所、などなど自転車の旅は興味が尽きない。47都道府県巡り終わっても私の自転車の旅はまだまだ続く。

お疲れ様でした!
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