宮城県丸森町のお寺、曹洞宗金龍山瑞雲寺(禅宗)です〜写真散策
宮城県丸森町のお寺、曹洞宗金龍山瑞雲寺(禅宗)です
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写真散策
金山に入って国道113号線をしばらく進むと「曹洞宗金龍山瑞雲寺→」の看板が見えてきます。黄色い矢印の通りにお進み下さい。

青い矢印の通りに進んでください。しばらくすると山の中腹に瑞雲寺が見えてきます。

橋の名前は「金栄橋」。正面の山は金龍山です。普通の橋と山のありふれた風景ですが・・・・

昔はこんな立派な建物が建っておりました。この建物の名前は佐野製糸工場、絹を生産する工場でした。

小さい頃は、ここにお城があったと思っていた位、立派な石垣。

石垣の上に工場が建っています。
工場の上に見える笠のような松は、瑞雲寺のシンボルであった松の木です。残念ながら松くい虫が原因で伐採しました。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたる例なし世中にある人とすみかと、またかくのごとし」
戦前隆盛を極めた工場のあった所は田んぼに変わってしまいました。

かつては学校のような立派な建物が建っておりました。おそらく金龍山の中腹で写真を撮った物と思われます。

お館山から撮影した佐野製糸場
「明治の世 音に聞こえた 佐野製糸」
        金山ふるさとかるたより

金栄橋を渡ってT字路にこのような看板が出てきます。

今年、佐野製糸場と工女の墓を説明した看板が設置されました。

佐野製糸工場の立派な石垣を横目に見て、ものの1、2分で瑞雲寺の山門に到着します。

瑞雲寺の山門です。石段が少しきついかも知れませんが、がんばって下さい。

瑞雲寺山門横にある、古碑群。

古碑群の中の三界萬霊碑
天保4年(1833年)同じく7年の飢饉は天明の飢饉に劣らぬ飢饉となり悲惨を極めました。この塔は飢饉の餓死者の霊を供養したものです。

剣豪二階堂新四郎のお墓。 

「一木一草悉ク天命アリ、毛髪ニモ生命アリ」の名文句がある頭髪供養碑。郷土出身の加川茂平氏が理髪業58年の業恩に感謝して瑞雲寺境内に建立した全国でも珍しい石碑です。

「六地蔵 並ぶ参道 瑞雲寺」
    金山ふるさとかるたより

古木多羅葉樹とお地蔵さま。
なぜかお地蔵さまの中に真言宗の弘法大師さまがいらっしゃいます。探してみてください。

金龍山瑞雲寺本堂。
間口16メートル、奥行き14メートル、高さ12メートル

堂々たる門構え、いきなり土間がありすぐに急な階段があるという入り口は今ではかなり珍しいそうです。

宮城県内でも珍しい禅宗様式の急な階段を昇り、

瑞雲寺の本尊である「釈迦如来座像」とご対面です。

向かって左側に達磨さんと中島家代々の御位牌。

向かって右側に瑞雲寺の御開山様と歴代住職の御位牌。

瑞雲寺の本堂の屋根。鬼瓦の大きさは約2メートルあります。

お寺を参拝し終わってお墓へ通じる山道を登っていくと中島家御廟の看板が出てきます。

しばらくすると大きなお墓が見えてきます。ここが中島家御廟です。ここは死者が安らかに眠るところであって、名所旧蹟ではございませんので静かにご参拝願います。

さらに上に昇ると中島宗信公のお墓ならびに石碑を参拝することができます。ともに巨大な一枚岩でできており高さは3メートルはあるかと思います。

金山の町が一望できます。後ろのかすんだ山々は阿武隈高地です。今日は天気が良いせいか遠くまではっきり見えます。この風景で疲れが吹っ飛びますね!

瑞雲寺、中島家御廟を参拝し終わったら、次に小富士山の中腹にある佐野製糸場工女のお墓を参拝しましょう。矢印の通りに石段をおりて左に曲がってください。

石段を降りて左の道を進んで行くと池のところで二手に分かれます。右を行ってみましょう。

ちょっと驚かして申し訳ございません。寄り道してみました。この廃墟は「富士湯荘」という旅館でした。私が小さかった頃、家が近かったのでこのお風呂に入った記憶があります。

この「富士湯荘」の近くに鉄の採掘所があり、そこから出る鉄分を含んだ水が身体にいいということで開業に至ったそうです。しかしどういうわけか分かりませんが廃業してしまいこのようになってしまいました。

諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽
形あるものは必ず壊れる
生あるものは必ず死ぬ

最後には全部崩れて土に返ることでしょう。
          

             合 掌


鉄採掘所跡。名前は「蛭田鉄山」金山の地名の発祥地といわれています。

今は入り口がコンクリートで固められ入ることはできません。小学生の頃は、ライトを持って入ったことがありますが、かなり奥深くとても怖かったことを覚えています。

この鉄採掘所で取れた鉄は、戦国時代の名将武田信玄愛用の諏訪法性の兜にも使われたそうです。
 「諏訪法性 かぶとの鉄の 出た所」
       金山ふるさとかるたより

寄り道してすみませんでした。それでは左の道をどんどん進んでいきましょう。
かなり急な坂道な為ゆっくり行きましょう。

この案内板の通りに進んでください。

ようやく到着しました。この墓地は佐野製糸場社主が、病没した工女を手厚く葬り建立したものです。
「野菊ゆれ 静かに眠る 工女墓」
      金山ふるさとかるたより

平成15年に石碑が建てられました。

工女の墓よりもっと先に進んでいくと20分ほどで高さ12メートル、丸森町天然記念物の立石を見ることができます。高さは瑞雲寺の本堂の同じくらい。
写真は下から撮影したため低く見えますが現場に行ったらあまりの大きさに圧倒されます。
以前、機関紙「まるもり」で、日本一の道祖神と紹介されたことがあります。
立石についてはこちら
@丸森の巨石伝説!もよろしくお願い致します。

瑞雲寺の隣に渓水寺があります。寛文16年(1666年)瑞雲寺15世海岸林鯨大和尚が開山。正岳山渓水寺といいます。
「渓水寺 その名もゆかし 隠居寺」
       金山ふるさとかるたより

※隠居寺という名称は瑞雲寺15世様が渓水寺に隠居なされたからだという説があります。

臥牛城(金山城)、臥牛5城の一つ、通称「お館山」全山が牛の伏臥した形に似ているところからこの名があります。今では石垣しか残っておりません、まさに「荒城の月」の世界です。この雰囲気に浸りたい方は是非お館山へ。頂上の見晴らしは最高です。
「寝た牛の 姿に似たり 臥牛城」
      金山ふるさとかるたより

頂上の石垣です。絶対登らないでください!!

長者山には「朝日さす、夕日輝く木の下に漆千杯黄金万杯」の伝説があります。探してみてはいかがでしょうか?

台町古墳、県指定史跡、前方後円墳や円墳など大小200基ほどの古墳があります。この写真は一番大きい前方後円墳です。

写真散策いかがでしたでしょうか?瑞雲寺のほかにも見所はたくさんありますのでお時間が許す限り散策されてはいかがでしょうか?散策お疲れさまでした。(^_^)