坪石 丸森町舘矢間
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モ
ダン橋・姥石の近くに坪石(つぼいし)地区があります。その名のとおり石から出た地名で昔より有名な石だったそうです。
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伊具郡西根舘山村 風土記御用書出によりますと
「坪石屋敷 一 坪石 十五 内一大石一ツ 高一間 廻三丈三尺 一中石一ツ 高一間 廻一丈五尺 一中石三ツ 高一間 廻一丈 一小石七ツ 高二尺より二尺五寸迄 廻リ三尺五寸より五尺迄 一小石三ツ 一小石三ツ 高一尺五寸より一尺八寸迄 廻三尺より四尺迄 右何茂由来相知不申候事」
とあり昔から知られていましたが由来はわからなかったそうです。
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伊具郷土二号によりますと
「昔、この地は、大楯城(おおだてじょう)の城主細目修理太夫国重(ほそめしゅうりだゆうくにしげ)の屋敷であった。ここは奥方や子どもと一緒に住んでいる私的な屋敷であったので、庭もりっぱに作り、坪石はその庭石の一つであった。故に、その昔坪石は、壷石と書き、壷は園の意で庭園、庭を意味するといわれている。この壷がいつの頃からか坪の文字をあてるようになり、現在に至っている。この石は、地上に出ている分は僅かだが、地下の分はとても大きなもので、
丸森橋の基礎になっている姥石と続いているといわれている。
菊池家は、細目氏が戦争等で家を離れる際に、奥方をお守りするお屋敷番だったといわれている。」
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ふるさとの伝説によりますと
「坪石は
乳母石(ちぼいし)
で、乳の出る石、乳がよく出るようにと祈った石の神様である。昔、乳の出ない人がこの石を削ってお湯に入れて飲んだという。この乳母石が後に坪石となった。菊池家にある坪石は、このいわれを刻んだ坪石の碑で、文字が書いてるというが、現在では判読できない」(ふるさとの伝説より抜粋)
丸森橋(モダン橋)の姥石と坪石がつながっているという伝説は、実際に掘ってみない事にはわかりませんが、
坪
という字が
乳母(ちぼ)
からきているのは驚きでした。何が驚きかと言いますと、乳母(ちぼ)は乳母(うば)とも読むことができるからです。そのような理由で坪石と姥石がつながっているという伝説ができたのでしょうか?私にはわかりませんが、丸森って面白い!!
モダン橋(丸森橋)の姥石とつながっているという坪石。距離にして200メートルも無いのではないでしょうか?姥石については
こちら
この近くに住むIさんによりますと、昭和40年代道路工事の際、石がたくさん出てきて難儀したとの事。姥石と坪石がつながっている伝説はあながちうそではないと語られていました。
御用書出によりますと、坪石は全部で15個あるそうです。皆さん実際に行って探してみては?
坪石の一つ。
同じく坪石の一つ。
坪石はどちらかというと、庭石のような石です。
坪石の敷地内に祠が祀られていました。
坪石と私。そんなに大きくは無いのですが、地下では姥石とつながっているそうです。
寒さに耐えるサボテン。サボテン君がんばるんだ〜
坪石の説明。
桜の咲く時期の坪石は、庭園のすばらしさも相まってとても良いです。
満開です。
坪石と桜。
お寿司屋さんの裏側にあります。
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