雨乞いの山 相善山 角田市西根高倉
雨乞いの山 相善山 角田市西根高倉

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西根を通って白石へ行くときに、右側に見える山が相善山(通称、そうでんさん)です。西根の知り合いが小学生の頃、そうでんさんに登って遊んだ記憶があり、神社の横に大きな石があったという話を聞きいて、いてもたってもいられず相善山に行ってきました。

伊具郡西根高倉村 風土記御用書出の山のページには

「一 山 一つ 但総善山之外諸山有之候得共御書上可仕程之品無御座候事
一 総善山 北ハ當郡稲置村御境 高拾丁 右山上 見得渡候所共左ニ御書上仕候事
一 東ハ當郡亘理郡諸山并名取郡千貫松辺迄
一 南ハ當郡丸森村牧ノ峯大内村相馬御境諸山迄
一 西ハ刈田郡蔵王ヶ嶽辺迄
一 北ハ柴田郡成田山羽山辺迄 右之通ニ御座候事」

とあり、かなり見晴らしのいい山であったことがわかります。


伊具郡西根高倉村 風土記御用書出の神社のページには

「一 総善社 一 小名 澤田 一 勧請 誰勧請と申儀并年月共ニ相知不申候事 
一 社地 南北八間 東西九間 一 社 南向七尺作 △一 鳥居  
△一 長床 △一額 △一 地主 澤田屋敷 新助 所右衛門
一 別當 真言宗勝楽山高蔵寺 一 祭日三月十日
右拾ヶ條之内印仕候分無御座候事」

とありました。御用書出では総善社となっておりますが、明治五年四月に子眉嶺神社と改称されました。祭日に関しまして、御用書出では三月十日となっておりますが、伊具郡史では四月十五日とあり、どちらが本当なのか疑問に思い早速調べてみました。旧暦のわかる暦をみましたら、なんのことはない新暦の四月十五日は旧暦の三月十日だったのです。


伊具郡史書かれてある相善山の伝説によりますと

「高倉川畔の字梅が崎以西堤に立って北面すれば相善山の南腹に散点している数十の老桜樹をみるであらう。春光うららかな万朶の花開く頃は思はず旅人をしてその足を留めしめる口碑は斯く伝へてる弘法大師が高蔵寺の開基に来られし時その記念として一本の雄桜を植え其所と相対してる。向山峯崎に一本の雌桜を植えたこの女夫桜は後年非常に繁茂しその枝が交叉したので農民等は邪魔になるからとて其の伐採を石川公に願つた。許されて伐木したが公はその時実査のため臨場されたが公の召した馬は進まず遂に逸して落馬した。口碑を追懐して之れ弘法の桜の生が祟りかと公は桜樹一千本を植えてその罪を償はんとした其の内特に芳香たる一本は「句桜」と呼ばれてる今残る老桜は実にそうした伝説中に咲いている」


相善山にはこんな話があります。

以前、西根高倉・稲置の方とお話をする機会がありました。

雨が降らない日が続くと、そうでんさん(相善山)に登って雨乞いをした
そうでんさん(相善山)の上に、雲があると雨が降る


相善山の頂上には大きい石がごろごろしており、神社が建つ以前は巨石を中心とした祭祀場だった可能性は大いにあると思います。

総善山は魚の背中のようななだらかな山です。なんとなく金山のお舘山に似ています。お舘山に関してはこちら

西根高倉の桜並木のある道を走っていると、写真のような石碑群が見えてきます。相善山へ行くには赤い→の方向にお進みください。
馬の神様のことを相善または総善といいます。桜の木の近くの石碑には馬頭観世音がありました。
途中、墓地を通り抜けていきます。
真っ赤な神社の鳥居。
子眉嶺(こびみね)神社本殿。東北六県でも子眉嶺神社と呼ぶのは、新地駒ヶ嶺の子眉嶺神社、毛萱字勝善の子眉嶺神社、尾山字引田の子眉嶺神社です。(鎮守の森参照)
神社の周りを散策していましたら、つたに絡まった巨石に出会いました。西根の知り合いが言っていたのはこの巨石かもしれません。
神社が建つ前の、祭祀場のような雰囲気を持つ巨石群。今後の調査に期待します。
つたに絡まった石の正面です。
石がごろごろしています。
中くらいの石。
鳥居横に咲く桜の樹。石川公が植えた一千本の桜の内の一つでしょうか?桜の木の太さから見ると、かなり古い木ではないかと思われます。
空と桜の樹のコントラストが素晴らしい!
後の世になって植えられた桜の木。石川公の桜の木の話にちなんで植えられたのでしょうか?知っている方教えてください。
Mapion
高倉川沿いの道路を進んでいきますと、国道113号線の渡る橋が見えてきます。橋の側に車一台分の駐車スペースがあるので、そこに駐車して登るほうが良いかと思います。近くには手代木沼があり、冬には白鳥、夏は蓮の花を見ることができます。
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