丸山城 丸森町
丸山城 丸森町

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森町の語源となった丸山城。恥ずかしながら丸森に住んでいながら一度も見学したことはありませんでした。本丸跡の看板の説明によりますと「丸山城は、天文十七年(1548〜436年前)天文の乱(伊達稙宗・晴宗父子の争い)に礎れた。稙宗が隠居したことで有名になった。稙宗は永禄八年(1565)この城で没するまで十七年間、隠居生活を送ったことになる」とありました。

そんな古い歴史のある丸山城に行ってきました。

丸森町の語源となった丸山城。
丸山城へ行く目印は写真に写っている火の見櫓を目指して来るとわかりやすいかと思います。ここまで来ましたら看板の矢印の通りお進み下さい。
ここからは、歩いてお進み下さい。
土橋跡。
土橋跡の巨石と巨木。
空掘跡から見た巨石。木の根が石を覆う光景はカンボジアのアンコールワットに似ています。
なんという木でしょうか?結構な大きさです。
伊達稙宗公の墓碑。
丸山城の由来の説明板。
本丸跡に愛宕神社が祀られています。建物は比較的新しい。
神社裏。中ぐらいの石が転がっていました。
神社裏を下ると、巨石が鎮座しておりました。大抵は愛宕神社参拝で終わる方が多いのではないでしょうか?お時間があればこの巨石も見学してみて下さい。
よく見ると石に何か彫られています。丹念に見てみましたら、2匹の猿が向かい合って手を合わせていました。おそらく庚申碑なのではないでしょうか?庚申碑についてはこちら
庚申碑に特有の太陽と月。年号は元禄七年甲戊天(1694年)。三月二十有二日(4月17日あたり)。とありました。約400年前に彫られたということが碑文からうかがい知ることができます。お不動さんにある庚申の巨石よりも古いものとなります。お不動さんの庚申碑はこちら

丸森町史によりますと、庚申碑で一番古いものは元禄十年(丸山城跡)とありましたが、おそらく七年の間違いだと思います。
庚申が彫られた巨石を横から見たところ。木が邪魔をしてうまく撮影することが来ませんでした。
後ろはゴツゴツしていました。
庚申が彫られた巨石と自分。

※家に帰って文献を調べてみましたが、なぜこの巨石に文字が彫られたのかは不明でした。
Mapion
丸山城は新橋のたもとにあります。国道沿いに丸山城へ行く看板があるのでわかりやすいかと思います。丸森町内で一番古い庚申の巨石を是非見学してみて下さい。
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